やればやるほど、店が好きになる
浜田山カフェ『ou』オーナーインタビュー : 後編

 

やればやるほど、店が好きになる

浜田山カフェ『ou』オーナーインタビュー : 後編

浜田山のカフェ『ou』

浜田山のカフェ『ou』が地域に根ざした店として軌道に乗るまでには、
開業資金ギリギリのやりくりと、2年目の税金危機があった。

それでも「やればやるほど店が好きになる」と語る大菅さん。
なぜ店を増やさないのか。何を大切にしているのか。

前編に続き、33歳で再び東京へ戻ってからの話を福永が聞いた。

33歳、再上京

ouのコーヒー
―― そして33歳で再び東京へ。
大菅

最初からお店をやるとしたら東京と決めていたんです。長く住んでいたし友人も多いですしね。

再上京で住んだ場所は、京王井の頭線の富士見ヶ丘でした。
京王井の頭線は東京にいた頃からなんとなくいいなと思っていて。そこから通える距離で、家賃とか街の雰囲気など、実際に街を歩いてみて今の浜田山という場所に決めました。
商店街が生きてるし、スーパーが何箇所にもあって「生活」がちゃんとある、人が歩いている街だと感じたからです。

―― 開業資金はどれくらいかかったんですか?
大菅 1,050万ぐらいですね。内装をDIYして、厨房機器も繋がりのあるメーカーさんから安くしてもらったりして、なんとか予算内に収めました。
実は、最初にもらった見積もりは2,000万を超えてたんです。
―― かなり落としましたね。
大菅 なんとなく1,000万ぐらいだと考えていたので、面食らって。
そこから業者さんと予算に合わせて何ができて何ができないのかを話し合ったり、ちょっと泣きついたりしてね(笑)。
―― わかる。僕もお店の内装費は泣きついてまけてもらいました。
大菅 やりますよね。何にお金がかかるか分からなかったから、コミュニケーションを取ってどうにか予算内に収めてもらいました。
―― いくらぐらい用意してたんですか?
大菅 自己資金が300万で、借入が800万ですね。合計1,100万。
―― オープン当初の運転資金は……。
大菅 50万円です。仕入れと家賃を払ったら終わり。死ぬほど不安でしたね。
―― でしょうね。なかなかギリギリ。
大菅 でも、オープンしてから赤字はないんですよ。
4ヶ月目くらいからは軌道に乗り出しましたし。
―― それは早い。何かきっかけがあったんですか?
大菅

「モーニングプレート」と「プリン」がインスタでちょっとバズったんです。

僕自身が名古屋出身で、幼少期から喫茶店のモーニング文化で育ってきたこともあって、モーニングはずっとやりたかったんです。プリンも、前のお店で作った時からの自信作でした。

あとは妻が作る焼き菓子ですね。定番のお菓子や、季節の焼き菓子をコンスタントに作り続けてくれていて、そこを目当てに来てくださるお客様も増えていきました。
東京の認知の広がりの早さは本当に感じましたね。

―― 「カフェ好きがカフェ好きを呼ぶ」はありますよね。
大菅 それで早く軌道に乗ったので、運転資金の少なさはどうにかなりました。

2年目の税金危機と、経営の転機

ou モーニングメニュー
―― お店が順調な一方で、経営面での苦労もあったとか。
大菅 2年目に確定申告の無知から、税金の支払いで崖っぷちになりました(笑)。
経費の計上漏れもひどくて。その時に同業の友人というか、あなた(福永)なんですが、相談して、税理士さんを紹介してもらったんです。これが本当に大きかった。
―― 相談を受けた時はまさかそこまで深刻だとは思わなかった。
でも、僕も税理士さんを入れて楽になったから、絶対にやったほうがいいと伝えた気がします。実際どうでした?
大菅

心の余裕が違いますね。それまでは常に頭の3割ぐらいを「これで合ってるのか?」という不安が占めていましたから。それが解消されて、メニュー開発や接客、「お店とお客さんに向き合う時間」が100%になったんです。

そこから、常連さんへの感謝も、スタッフへの感謝も、そして家族への感謝も、より深く考えられるようになりましたね。

―― 余裕って大切ですよね。その状態になってみて初めてわかることがある。
大菅

正直、税理士さんが入るまでは不安だし、必死だし、正解もわからなかったんです。
商品やサービス、空間には自信があったけど、経営の正解はわからなかった。

でも、そこが解消されると、余裕がお店にも出るんです。挨拶が当たり前にできるようになったし、来てくれる人に心からありがとうと思えるようになった。それがまたメニュー作りに反映されるし、それを喜んでくれるしと。
余裕があるとここまで変わるのかって思いましたね。

―― 税理士さんは入れるべきですよね。
大菅 絶対! お店をやっている人には必ず言いますね。
―― そのお店の空気感の良さが、求人を出したらすぐに埋まることにも繋がっているんですかね。
大菅

それはあると思います。
SNSで求人の投稿をすると、ありがたいことにたくさんの方から連絡をいただけます。

スタッフが「働きたい子がいる」と紹介してくれることもありますし、たまに友達が手伝ってくれたりもして。お店に集まってくれる人たちが本当に良い子ばかりで、いつも助けられています。

―― お客様も良い人ばっかりですしね。
大菅 本当にそう思います。今はSNSよりも口コミで来てくれる人がほとんどなので。友達を連れて来てくれる人も多いですし。だから空間を壊すような人がいないんじゃないかな。
―― 初期のSNSで広がっていった時は、今みたいな人ばかりではなかった?
大菅 違いました。ずっと写真を撮る人とか普通にいましたよ。
でも、その時にそっちに振らなくて良かったと心から思っています。もし振っていたら今の空気感は作れていなかったと思うので。

店を増やさない理由と、「人・物・器」

店を増やさない理由
―― 今、4年目を迎えて、今後の展望はありますか? お店を増やすとか。
大菅

店を増やす気は一切ないです。自分がお店に立つのが楽しいし、オーナーが立っているお店が好きだったし、良いお店にはオーナーが立っているイメージがあるので。

アローズの時に「人・物・器」という考え方を教わって、それが腑に落ちているんです。

―― 「人・物・器」?
大菅

文字通りの意味なんですが、カフェでいうと——
人は接客やスタッフが作る空気感、
物はメニューや商品のクオリティ、
器は内装や空間の魅力

この3つが揃わないと満足感は生まれないという考え方があって。
そうなると自分がお店にいなきゃいけないし、それがお客様のためにもなると思っています。

―― でも、しんどくならない?
大菅

大変な時はあります。でも、やればやるほどお店が好きになっているんです。お客様が喜んでいる姿を見ると、やってて良かったと思うんですよ。

美味しいものを作っても食べてくれる人がいないと意味ないし、それを作るためにはスタッフの協力が不可欠。その環境を作るためにはきちんと経営しないといけない。
今はそれらがうまく回っているから、好きになっているんだと思います。

―― 不安は特にない?
大菅 健康ぐらいですね(笑)。
週末は6時から深夜1時までいる時があって、帰ってラーメン食べて寝て、また翌朝から仕事の日があるんです。いつまでこんなことができるかと不安にはなりますね。
―― 原価とかは?
大菅 原価は上がるし、固定費も上がるだろうからそれはしんどいんですけど、それはどこのお店も一緒ですから。
―― じゃあこのスタイルのままいくと。
大菅 体力的にしんどくても、それはきっとどこのお店も同じだと思うんです。朝から夜まで働くのも、美学というよりはただ必要だからやっているだけで。
でも、それがお客様にも伝わって今があると思うから、無駄だとも思わないですね。

取材を終えた後に思ったのは、この店の空気感は偶然ではないということだった。

大菅さんの話を聞いていると、「人・物・器」という言葉が何度も頭に浮かぶ。
メニューや空間だけではなく、店に立つ人の姿勢そのものが、店の雰囲気をつくっているのだと思う。

週末は朝6時から深夜1時まで店に立つ日もあるという。
それでも「やってて良かった」と話す姿は、とても自然だった。
浜田山の『ou』が心地いい理由は、きっとそのあたりにあるのだろう。

Written by

福永英侍

PIECE OF SIGN 商品開発チーム。元「THE LATTE TOKYO」オーナー。約10年間休まず、渋谷区神山町で小さなコーヒースタンドを運営。当時の経験をもとに、店舗に寄り添う読み物も執筆中。