Interview

技術や味だけでは生き残れない
池ノ上 ベーカリー『étéco bread』
オーナーインタビュー : 後編
  技術や味だけでは生き残れない 池ノ上 ベーカリー『étéco bread』 オーナーインタビュー : 後編 池ノ上で夫婦二人から始めた『étéco bread』は、8年目を迎えている。テレビ出演をきっかけに認知が広がり、売り切れが続く人気店になった。 それでも「毎日こわい」と梶原さんは言う。 中編に続き、店を続けることの意味、卸や通販へと手を広げていく意図。そして「美味しいものを作るだけでは生き残れない」という言葉の真意を聞いた。 中編はこちら お店をかたちづくるのは、必然と偶然池ノ上 ベーカリー『étéco bread』 オーナーインタビュー : 中編 独立志向ゼロからの開業。物件探し、設備選び、1か月でのメニュー刷新、そしてメディア戦略。 店は8年目でも、毎日こわい ―― 開店してからお客さんがいて、売上も伸びている。ここまでくると、経営の不安は減りましたか。 梶原 いや、全然あります。毎日「今日は売れるかな」って考えますし、お客さんが少ない時は「飽きられたのかな」って思ったりもする。でも、月が終わると、まあこんなもんか、という着地が続いてる感じですね。 ―― 心はしんどくならないですか。 梶原 僕がすごく悲観的なんですが、夏子さんは楽観的なんです。「大丈夫」って言ってくれますし。そこのバランスがいいんでしょうね。 ――...
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お店をかたちづくるのは、必然と偶然
池ノ上 ベーカリー『étéco bread』
オーナーインタビュー : 中編
  お店をかたちづくるのは、必然と偶然 池ノ上 ベーカリー『étéco bread』 オーナーインタビュー : 中編 大手ベーカリーから始まり、ブランドの立ち上げ、人気店、スーパーのパン部門。さまざまな現場を渡り歩いた梶原さんが、ついに自分の店を持つことになる。 ただし、独立志向があったわけではない。きっかけは妻・夏子さんの「自分でやりたい」という想いだった。 前編に続き、開業のリアルと、étéco bread が今の形になるまでの話を聞いた。 前編はこちら 「こんな人生もあるのか、と思った」池ノ上 ベーカリー『étéco bread』 オーナーインタビュー : 前編 「なんとなく」始まったパン職人人生。神戸屋で13年、DEAN & DELUCA、NANO universe ——キャリアと葛藤の記録。 独立志向はなかった。それでも始めることになった理由 ―― いくつもの店舗での経験を積んでから独立に向かうわけですが、梶原さん自身は最初から独立志向だったわけではないんですよね。 梶原 全然ないです。僕は自分の店をやりたいと思ってなかったんです。知り合いの先輩たちを見ても、成功してる人がそんなに多いわけじゃない。だからずっと「自営なんて嫌だ」と思ってました。...
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「こんな人生もあるのか、と思った」
池ノ上 ベーカリー『étéco bread』
オーナーインタビュー : 前編
  「こんな人生もあるのか、と思った」 池ノ上 ベーカリー『étéco bread』 オーナーインタビュー : 前編 パン職人になりたくて、この世界に入ったわけではない。独立して、自分の店を持つことを夢見ていたわけでもない。 池ノ上の『étéco bread』のオーナー・梶原さんは、大学卒業後に「なんとなく」大手ベーカリーに就職した。きっかけは、学生時代に通った池尻大橋の喫茶店だった。 神戸屋で13年。DEAN & DELUCA、NANO universe、GONTRAN CHERRIER、クイーンズ伊勢丹。大手と個人店を渡り歩きながら、パンと向き合い続けた。 そのキャリアと葛藤を聞いた。 今回お話を聞いたのは étéco bread オーナー 梶原裕 さん 1998年に神戸屋へ入社。製造・商品開発を経験したのち、DEAN & DELUCA、NANO universe、GONTRAN CHERRIER、クイーンズ伊勢丹などでキャリアを重ねる。現在は東京・池ノ上のベーカリー「étéco bread」を、妻の夏子さんとともに営む。公式サイト /...
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やればやるほど、店が好きになる
浜田山カフェ『ou』オーナーインタビュー : 後編
  やればやるほど、店が好きになる 浜田山カフェ『ou』オーナーインタビュー : 後編 浜田山のカフェ『ou』が地域に根ざした店として軌道に乗るまでには、開業資金ギリギリのやりくりと、2年目の税金危機があった。 それでも「やればやるほど店が好きになる」と語る大菅さん。なぜ店を増やさないのか。何を大切にしているのか。 前編に続き、33歳で再び東京へ戻ってからの話を福永が聞いた。 前編はこちら 開業のきっかけは、挫折と憧れ浜田山 カフェ『ou』 オーナーインタビュー : 前編 アパレル業界から飲食の道へ。名古屋での修行時代と、居酒屋の2階でゼロから立ち上げた最初の成功まで。 33歳、再上京 ―― そして33歳で再び東京へ。 大菅 最初からお店をやるとしたら東京と決めていたんです。長く住んでいたし友人も多いですしね。 再上京で住んだ場所は、京王井の頭線の富士見ヶ丘でした。京王井の頭線は東京にいた頃からなんとなくいいなと思っていて。そこから通える距離で、家賃とか街の雰囲気など、実際に街を歩いてみて今の浜田山という場所に決めました。商店街が生きてるし、スーパーが何箇所にもあって「生活」がちゃんとある、人が歩いている街だと感じたからです。 ―― 開業資金はどれくらいかかったんですか? 大菅 1,050万ぐらいですね。内装をDIYして、厨房機器も繋がりのあるメーカーさんから安くしてもらったりして、なんとか予算内に収めました。実は、最初にもらった見積もりは2,000万を超えてたんです。 ―― かなり落としましたね。 大菅 なんとなく1,000万ぐらいだと考えていたので、面食らって。そこから業者さんと予算に合わせて何ができて何ができないのかを話し合ったり、ちょっと泣きついたりしてね(笑)。 ――...
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開業のきっかけは、挫折と憧れ
浜田山 カフェ『ou』 オーナーインタビュー : 前編
  開業のきっかけは、挫折と憧れ 浜田山 カフェ『ou』 オーナーインタビュー : 前編 週末は朝6時から深夜1時まで店にいることもある。それでも「やればやるほど店が好きになる」と話す。 浜田山の『ou』のオーナー・大菅さんは、もともとアパレル業界の人間だった。古着屋をやりたいという夢を持って上京した20代。そこから方向転換し、パン屋と居酒屋を掛け持ちする修行時代へ。最初の店を任されたのは居酒屋の2階だった。 そして33歳。再び東京へ戻り、自分の店を始めた。 現在は地域に根付き、口コミでお客さんが増えていくカフェになっている。ただ、店を増やすつもりはないという。 理由はシンプル。 「いい店って、オーナーが立っている店だと思うんです」 浜田山の喫茶店ができるまで。その道のりを聞いた。 今回お話を聞いたのは カフェ『ou』店主 大菅賢樹 さん 名古屋出身。東京でアパレル業界を経て飲食の道へ。名古屋で修行後、33歳で再上京し、浜田山にカフェ『ou』を開業。地域に根ざした喫茶店を営む。 アパレル時代の挫折と「喫茶店」への目覚め ―― まず、大菅さんのルーツから教えてください。20代はアパレル勤務だったんですよね? 大菅 そうです。もともとは名古屋から「古着屋をやりたい」という夢を持って上京しました。23歳のときに東京に出て、高円寺の古着屋でアルバイトを始めたんです。 でも実際に働いてみると、自分より熱量がすごい人がたくさんいて……。「自分は古着を買う側でいいかな」と思うようになりました。 ―― それ、わかります。僕もコーヒー屋をやっていた時に同じことを思いました。農園まで行くような人の熱量には勝てないなって。ちょっとした劣等感というか。 大菅 まさにそれですね。でも服自体は好きだったので、24歳のときにユナイテッドアローズに入社しました。 ただ、20代の終わり頃になると、このまま会社にいていいのかと考えるようになって。働いていて楽しさはあるけど、ずっとやり続ける絵が浮かばなかったんです。...
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